来る3月31日(金)夜6時ごろ〜(翌4月1日の適当な時間迄)
4号完成を祝ったり祝わなかったりの、
「お花見野宿」を行います。
桜を見て、酔っ払って、何か燃やせたら燃やして、その辺で寝ます。
ふるってご参加ください。
場所はこの辺です。
(この辺で野宿しそうな人達を見つけてください。寝袋などに入って、うろちょろしてみて下さい。)
※お好きな野宿道具を持参しましょう。
※お酒など各自持ち寄りましょう。
※雨天決行です。
※たどり着けなかった方は各々好きな場所でお花見野宿してください。
※当日野宿野郎4号をお持ちでない参加者さんは押し売りされます。買わされたくない方は持っているふりをしてください。
※このお花見野宿は、mixiの「野宿野郎コミュニティ」オフ会野宿兼4号完成お祝い野宿(4号製作にあたってなんらかの関与をした「4号関係者さん」は強制参加となっています。これを見た関係者さんは必ずいらしてください)兼4号営業戦略会議野宿兼5号編集会議野宿など盛りだくさんな野宿であり、結局なにがなんだかよく判らない野宿なので、桜を眺めながら野宿したい方はどなたでも、どうぞひょっこりいらしてください。
(お花見野宿係)
4号完成を祝ったり祝わなかったりの、
「お花見野宿」を行います。
桜を見て、酔っ払って、何か燃やせたら燃やして、その辺で寝ます。
ふるってご参加ください。
場所はこの辺です。
(この辺で野宿しそうな人達を見つけてください。寝袋などに入って、うろちょろしてみて下さい。)
※お好きな野宿道具を持参しましょう。
※お酒など各自持ち寄りましょう。
※雨天決行です。
※たどり着けなかった方は各々好きな場所でお花見野宿してください。
※当日野宿野郎4号をお持ちでない参加者さんは押し売りされます。買わされたくない方は持っているふりをしてください。
※このお花見野宿は、mixiの「野宿野郎コミュニティ」オフ会野宿兼4号完成お祝い野宿(4号製作にあたってなんらかの関与をした「4号関係者さん」は強制参加となっています。これを見た関係者さんは必ずいらしてください)兼4号営業戦略会議野宿兼5号編集会議野宿など盛りだくさんな野宿であり、結局なにがなんだかよく判らない野宿なので、桜を眺めながら野宿したい方はどなたでも、どうぞひょっこりいらしてください。
(お花見野宿係)
夜も更け、一段落すると皆帰っていった。二次会に参加しない人たちは。
この野宿野郎主催の焚き火新年会の二次会は、もちろん焚き火野宿大会なのである。だからわざわざテントを持ってきているのだ。
0時前には、傍らに置いていたコップの中のお茶の表面に氷が張っていて、気温が氷点下になったことを教えてくれた。
二次会まで参加したものは三名。当然「野宿野郎」編集長、伝道師、もうひとりのミニコミ誌編集長Sさん。Sさんは二次会まで参加するつもりはなかったので、装備なしで二次会まで参加することになってしまった(他二人は一人用テント持参)。
これまでなんどもメンバー交代で雑木林まで薪の補給に行って、火を絶やさないようにしてきたが、夕方からずっと燃やし続けてきたため、さすがに手ごろな大きさの薪がなくなってしまった。日付が変わってしばらくすると薪が切れ、ほとんど消えてしまった。火は消えても8時間以上も燃やし続けていたので大量の真っ赤な熾火があってまだ暖かかった。Sさんは火がなくなってしまうと凍死するかもしれないので最後に残った大きな丸太を燃やし続けようとがんばっていた。
2時頃になると熾火の火も弱まって冷えてきたため、ぼくはテントに避難して眠ることにした。寝袋の他に毛布も持ち込んだのでなんとか眠ることができた。
日が昇り明るくなったころ起床。太陽さえ昇れば直射日光が暖かい。Sさんはもういなかった。太い丸太は半分くらいまで燃えていて、まだ熱が出ていた。編集長に聞くと、一人、外で6時頃までねばって帰宅したそうだ。
8時過ぎ、撤収し解散。
皆さま、お疲れさまでした。また、次回がありましたら参加してください。薪がいっぱい落ちているいい焚き火場所がありましたら教えてください。(伝道師)
この野宿野郎主催の焚き火新年会の二次会は、もちろん焚き火野宿大会なのである。だからわざわざテントを持ってきているのだ。
0時前には、傍らに置いていたコップの中のお茶の表面に氷が張っていて、気温が氷点下になったことを教えてくれた。
二次会まで参加したものは三名。当然「野宿野郎」編集長、伝道師、もうひとりのミニコミ誌編集長Sさん。Sさんは二次会まで参加するつもりはなかったので、装備なしで二次会まで参加することになってしまった(他二人は一人用テント持参)。
これまでなんどもメンバー交代で雑木林まで薪の補給に行って、火を絶やさないようにしてきたが、夕方からずっと燃やし続けてきたため、さすがに手ごろな大きさの薪がなくなってしまった。日付が変わってしばらくすると薪が切れ、ほとんど消えてしまった。火は消えても8時間以上も燃やし続けていたので大量の真っ赤な熾火があってまだ暖かかった。Sさんは火がなくなってしまうと凍死するかもしれないので最後に残った大きな丸太を燃やし続けようとがんばっていた。
2時頃になると熾火の火も弱まって冷えてきたため、ぼくはテントに避難して眠ることにした。寝袋の他に毛布も持ち込んだのでなんとか眠ることができた。
日が昇り明るくなったころ起床。太陽さえ昇れば直射日光が暖かい。Sさんはもういなかった。太い丸太は半分くらいまで燃えていて、まだ熱が出ていた。編集長に聞くと、一人、外で6時頃までねばって帰宅したそうだ。
8時過ぎ、撤収し解散。
皆さま、お疲れさまでした。また、次回がありましたら参加してください。薪がいっぱい落ちているいい焚き火場所がありましたら教えてください。(伝道師)
参加メンバーは「野宿野郎」編集長を中心に、「野宿野郎」をあつかう本屋さん、ミニコミ誌編集長仲間、大学の同窓生、「野宿野郎」寄稿者、伝道師の旅の知り合い関係など。北は群馬から南はタンザニアまで、下は小学生から上はその母まで、幅広い人材が総勢15人程度集まった。
料理は焚き火ぶっ込みフォイル焼きが基本で、このウェブログでも紹介した手作りバーベキューグリルも使用した。じゃがいも、サツマイモ、にんにくや、メンバーが持参してくれたサラダや鳥の唐揚げ、リンゴ、マグロ、カルビ肉、さらには燻製キットで作った燻製チーズ、かまぼこなどが振る舞われた。
山ほど集めたと思っていた薪もどんどんくべているとあっという間に少なくなり、メンバーが交代で薪拾いに行かなければならなかった。
焚き火を中心に、薪を集め、薪をくべ、料理を作り、料理を食べ、写真を撮り、談笑するのは結構忙しいということが分かった。いろいろ忙しいので買ってきていた食材も手を付けずそのままになってしまったものも多かった。次回までにうまい解決策を考えねば。(伝道師)
つづく
料理は焚き火ぶっ込みフォイル焼きが基本で、このウェブログでも紹介した手作りバーベキューグリルも使用した。じゃがいも、サツマイモ、にんにくや、メンバーが持参してくれたサラダや鳥の唐揚げ、リンゴ、マグロ、カルビ肉、さらには燻製キットで作った燻製チーズ、かまぼこなどが振る舞われた。
山ほど集めたと思っていた薪もどんどんくべているとあっという間に少なくなり、メンバーが交代で薪拾いに行かなければならなかった。
焚き火を中心に、薪を集め、薪をくべ、料理を作り、料理を食べ、写真を撮り、談笑するのは結構忙しいということが分かった。いろいろ忙しいので買ってきていた食材も手を付けずそのままになってしまったものも多かった。次回までにうまい解決策を考えねば。(伝道師)
つづく
集合時間は午後2時〜3時としたので、2時前に現地へ。
テントや炭、自作バーベキューグリル、寝袋、毛布、マットなどをかつぐと結構な量で、現地に徒歩で向っていたら汗が出てきた。
川原のグラウンドにテントを張り、メンバーを待った。
2時過ぎからぼつぼつと到着、ある程度集まったところで薪拾いを始め、3時半ごろにスーパーへ買い出しに。
4時頃、そろそろ日没も近づいて、人数も集まってきたので焚き火点火。
焚き火の場所は川原の砂地のところ。増水時のみ本流が枝分かれして水が流れるところなので、川原の他の部分のように大きな丸石がごろごろしてなくてよい。
正直言って、焚き火とか薪に火をつけるのはあまりしたことがなく、何年も前にキャンプ場でやったきりだったので、うまく火がつくかどうかが不安だった。といって、ファイヤースターター(炎の少女チャーリーではなく着火剤ね)なんかをつかう邪道な方法も嫌いなので、オーソドックスに新聞紙と紙パックでやってみた。今回の焚き火のスタートの形は平行法。枝を川あるいは風の流れと同じ方向に束にして並べた。
枝が乾いていたこともあって、驚くほど簡単に火は大きくなった。薪もたっぷりあったのでどんどんくべていった。(伝道師)
つづく
テントや炭、自作バーベキューグリル、寝袋、毛布、マットなどをかつぐと結構な量で、現地に徒歩で向っていたら汗が出てきた。
川原のグラウンドにテントを張り、メンバーを待った。
2時過ぎからぼつぼつと到着、ある程度集まったところで薪拾いを始め、3時半ごろにスーパーへ買い出しに。
4時頃、そろそろ日没も近づいて、人数も集まってきたので焚き火点火。
焚き火の場所は川原の砂地のところ。増水時のみ本流が枝分かれして水が流れるところなので、川原の他の部分のように大きな丸石がごろごろしてなくてよい。
正直言って、焚き火とか薪に火をつけるのはあまりしたことがなく、何年も前にキャンプ場でやったきりだったので、うまく火がつくかどうかが不安だった。といって、ファイヤースターター(炎の少女チャーリーではなく着火剤ね)なんかをつかう邪道な方法も嫌いなので、オーソドックスに新聞紙と紙パックでやってみた。今回の焚き火のスタートの形は平行法。枝を川あるいは風の流れと同じ方向に束にして並べた。
枝が乾いていたこともあって、驚くほど簡単に火は大きくなった。薪もたっぷりあったのでどんどんくべていった。(伝道師)
つづく
1月7日土曜日、去年から計画していた焚き火新年会の日がついにきた。
場所は多摩川の某所に決めていたが、心配だったのがやはり天気のこと。当然雨ではできないし、前日までに大雨が降っても薪がぬれてしまうからだめで、もし当日晴れたとしても強風が吹くとできなくなってしまう。休みが不規則なメンバーも多いので順延するとまたスケジュール調整をしてもらわなければいけなくなってしまう。一応幹事らしき役を割り振られていたのでちょっと緊張していた。
当日はみごとに晴天になってくれた。寒さは厳しくなりそうだったし、多少風も吹く予報だったが、決行することにした。(伝道師)
つづく
場所は多摩川の某所に決めていたが、心配だったのがやはり天気のこと。当然雨ではできないし、前日までに大雨が降っても薪がぬれてしまうからだめで、もし当日晴れたとしても強風が吹くとできなくなってしまう。休みが不規則なメンバーも多いので順延するとまたスケジュール調整をしてもらわなければいけなくなってしまう。一応幹事らしき役を割り振られていたのでちょっと緊張していた。
当日はみごとに晴天になってくれた。寒さは厳しくなりそうだったし、多少風も吹く予報だったが、決行することにした。(伝道師)
つづく
その1にちょっと追加と訂正を。
多摩川原橋の川原が土と書いたが、昼間にもう一度見に行ったら、グラウンドの近くは砂地、他は石だった。(伝道師)
多摩川原橋の川原が土と書いたが、昼間にもう一度見に行ったら、グラウンドの近くは砂地、他は石だった。(伝道師)
焚き火大会の計画をしていて多摩川にいいところはないかとさがしている。
薪が落ちていて、広い場所があって、うっとうしいBBQ人などがいなくて、灰が飛んでくると苦情をいう人家が近くになく、トイレと水道があるようなところが希望だ。
候補地その1
【場所】多摩川右岸、多摩川原橋〜稲城大橋間(稲城市)
【最寄り駅】JR南武線 矢野口駅
【その他の周辺の駅】京王線 西調布駅、京王相模原線 京王多摩川駅
【トイレ・水道】あり
【雨宿り場所】あり(橋の下)
このあたりがいいのではと考えた理由は、雑木林があるからだ。実際に行ってみるとけっこう枯れ木があった。木の種類の関係か、落ち葉は少ないが、ここなら薪の供給には不自由しなさそう。ただし、倒木や丸太などでかいものもおおいので、のこぎりやなたなどがあったほうがいいかも(誰か持ってない?)。
心配していたトイレと水道も多摩川原橋近くのグラウンドにあった。ベンチなどもある。グラウンドは芝生敷きなので焚き火は不可だろうが、野宿班の寝床にはいいかもしれない。
焚き火は川原におりてすることになるだろう。でもこの時期、橋と橋のあいだの広い範囲がすすきに覆われているので、橋に近いエリアがよさそう。
稲城大橋側の方が、開けた見晴らしのいい広い場所になっているが、地面は大きな丸石がごろごろしていて腰を落ち着けるのにはクッションが必要かもしれない。このあたりにはすでにいくつかの焚き火跡があった。ただここからトイレ、水道まではかなりの距離がある。
多摩川原橋側の川原は空き地が狭いが、地面は土。水道とトイレが近いのもよい。
この橋と橋の間のエリアにはまばらに何軒かの手製住宅があり、住人がいる模様。
よい場所を知っていたら教えてください。(伝道師)
薪が落ちていて、広い場所があって、うっとうしいBBQ人などがいなくて、灰が飛んでくると苦情をいう人家が近くになく、トイレと水道があるようなところが希望だ。
候補地その1
【場所】多摩川右岸、多摩川原橋〜稲城大橋間(稲城市)
【最寄り駅】JR南武線 矢野口駅
【その他の周辺の駅】京王線 西調布駅、京王相模原線 京王多摩川駅
【トイレ・水道】あり
【雨宿り場所】あり(橋の下)
このあたりがいいのではと考えた理由は、雑木林があるからだ。実際に行ってみるとけっこう枯れ木があった。木の種類の関係か、落ち葉は少ないが、ここなら薪の供給には不自由しなさそう。ただし、倒木や丸太などでかいものもおおいので、のこぎりやなたなどがあったほうがいいかも(誰か持ってない?)。
心配していたトイレと水道も多摩川原橋近くのグラウンドにあった。ベンチなどもある。グラウンドは芝生敷きなので焚き火は不可だろうが、野宿班の寝床にはいいかもしれない。
焚き火は川原におりてすることになるだろう。でもこの時期、橋と橋のあいだの広い範囲がすすきに覆われているので、橋に近いエリアがよさそう。
稲城大橋側の方が、開けた見晴らしのいい広い場所になっているが、地面は大きな丸石がごろごろしていて腰を落ち着けるのにはクッションが必要かもしれない。このあたりにはすでにいくつかの焚き火跡があった。ただここからトイレ、水道まではかなりの距離がある。
多摩川原橋側の川原は空き地が狭いが、
この橋と橋の間のエリアにはまばらに何軒かの手製住宅があり、住人がいる模様。
よい場所を知っていたら教えてください。(伝道師)