「野宿入門」出版記念野宿。
夜7時すぎ、スナック「入門」、勝鬨橋の北東川岸で開店。
編集長改め、ママは着物姿で登場。
大将改め、板さんも板前姿で出勤。
お客が来るのを待ちます。
(ウェブログより)
夜7時すぎ、スナック「入門」、勝鬨橋の北東川岸で開店。
編集長改め、ママは着物姿で登場。
大将改め、板さんも板前姿で出勤。
お客が来るのを待ちます。
(ウェブログより)
第2回高遠ブックフェスティバルと重なったので、はじめて東京近郊以外へ遠征。
高遠城の城跡で野宿しました。
高遠城の城跡で野宿しました。
4月7日、あいにくの曇天の中、会場の新井薬師公園へ行くと、なんと満員の花見客。たくさんの屋台も出ていました。野宿野郎がこんな人の多い場所で集まるのは非常に珍しい。「桜まつり」開催中で広場にはステージまでしつらえてあって、歌手の実演やカラオケ大会が行われていました。
花見客がいっぱいで場所もないんじゃないかと心配していたところ、大阪から参加してくださったK氏が早めに来て、撤収したグループの後を素早く場所取りしていてくれて、場所を確保できました。(ウェブログより)
花見客がいっぱいで場所もないんじゃないかと心配していたところ、大阪から参加してくださったK氏が早めに来て、撤収したグループの後を素早く場所取りしていてくれて、場所を確保できました。(ウェブログより)

雲は多いものの雨は降らず、風も穏やかな土曜日の夜、お花見野宿やりました。
今回は珍しく編集長が7時半頃(夜のね)に誰よりも早く一番にやってきました。
連絡を受けてぼくもおっとり刀で駆けつけました。開花した後、寒い日がづついたので桜はまだ満開でちょうどいい感じ。
シートを広げているとつぎつぎと人が現れました。今回は総勢10人。
婚約して、結婚が近いという人がいたので、婚活や結婚後の生活、結婚と野宿、新婚初野宿について語ったりしました。(ウェブログより)
今回は珍しく編集長が7時半頃(夜のね)に誰よりも早く一番にやってきました。
連絡を受けてぼくもおっとり刀で駆けつけました。開花した後、寒い日がづついたので桜はまだ満開でちょうどいい感じ。
シートを広げているとつぎつぎと人が現れました。今回は総勢10人。
婚約して、結婚が近いという人がいたので、婚活や結婚後の生活、結婚と野宿、新婚初野宿について語ったりしました。(ウェブログより)

今回の「野宿の日」の野宿は谷中霊園で行われた。墓地内の詳しい野宿場所は発表せず(というか下見をしていなかった)、携帯電話も切るということで、会場探しの間に肝試しも楽しめるということで始めたが、野宿できそうな場所がほとんどなく、ほとんどの参加者は迷うことなく会場をみつけることができたようだった。
野宿場所の発表が野宿の日の前日だったのにもかかわらず、数名が集合、たまたまウェブサイトを見かけたという女性やコミケでいっしょだったという男性などの初参加の人もいた。
当日はあいにくの曇天。やがてぱらぱらと降り出してしまった。(ウェブログより)
野宿場所の発表が野宿の日の前日だったのにもかかわらず、数名が集合、たまたまウェブサイトを見かけたという女性やコミケでいっしょだったという男性などの初参加の人もいた。
当日はあいにくの曇天。やがてぱらぱらと降り出してしまった。(ウェブログより)

「第2回・野宿バー(IN 山下公園)」ぶじやっちゃいました、の遅い報告
雨天決行だと云っていたけれども、用意しちゃっていたのでやっちゃいました、野宿バー。
木陰って雨にぬれないではないか! と喜んでいた一同ですが、朝になるとかなりびしゃびしゃ。木陰ってやっぱり雨にぬれる、という事が判りつつ、雨にぬれても寝ようとおもえば寝られる、ということも判った野宿バーなのでした。(ウェブログより)
雨天決行だと云っていたけれども、用意しちゃっていたのでやっちゃいました、野宿バー。
木陰って雨にぬれないではないか! と喜んでいた一同ですが、朝になるとかなりびしゃびしゃ。木陰ってやっぱり雨にぬれる、という事が判りつつ、雨にぬれても寝ようとおもえば寝られる、ということも判った野宿バーなのでした。(ウェブログより)
野宿新年会も今年で三回目。今回の会場は一回目とほぼ同じ稲城市の多摩川川原。
前回は薪がほとんどなくて会場の変更を余儀なくされたのだが、去年の大雨の際の増水でかなりたくさんの流木が残っており、再び同じところへ戻ってきた。
日没時からのスタート。スターティングメンバーは自分を含め三名。うち一名は6号寄稿予定者のYさん。彼は大阪在住でこの日このために青春十八切符を利用しての上京したとのこと。
薪を集め点火、よく乾いている流木で一発点火。ぼちぼち人が集まりはじめる。
この日はかなり暖かく、薪などを拾い集めて歩き回った後に焚火の周りにいると汗ばむほどで、今晩の野宿は今までで一番楽勝なのではないかと思ったりした。(ウェブログより)
前回は薪がほとんどなくて会場の変更を余儀なくされたのだが、去年の大雨の際の増水でかなりたくさんの流木が残っており、再び同じところへ戻ってきた。
日没時からのスタート。スターティングメンバーは自分を含め三名。うち一名は6号寄稿予定者のYさん。彼は大阪在住でこの日このために青春十八切符を利用しての上京したとのこと。
薪を集め点火、よく乾いている流木で一発点火。ぼちぼち人が集まりはじめる。
この日はかなり暖かく、薪などを拾い集めて歩き回った後に焚火の周りにいると汗ばむほどで、今晩の野宿は今までで一番楽勝なのではないかと思ったりした。(ウェブログより)

4月1日の記事は四月バカの与太話と思われたでしょうか。
その1日に横浜港大桟橋の屋上でドイツの某テレビ局による取材がホントに行われました。みなとみらいの夜景などバックに野宿風景やインタビュー、翌朝には朝のめざめなどを撮影。4日・5日には場所を変えてさらに追加撮影。二晩にも及ぶ営業野宿ははじめてです。この日は日本の週刊誌の取材もこなすという売れっ子状態。(ウェブログより)
その1日に横浜港大桟橋の屋上でドイツの某テレビ局による取材がホントに行われました。みなとみらいの夜景などバックに野宿風景やインタビュー、翌朝には朝のめざめなどを撮影。4日・5日には場所を変えてさらに追加撮影。二晩にも及ぶ営業野宿ははじめてです。この日は日本の週刊誌の取材もこなすという売れっ子状態。(ウェブログより)